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 この日は以前からお誘いをいただいていたtowerofthesunさん宅にておでんパーティー(でんパ)。
 贅沢にも、お昼からマッカランの30年(なんと華やかな香り!)やグレンリベットの30年(気品ある高貴な香りと味わい…)をご相伴。そして、奥さまお手製の美味しいおでんと、一歳七ヵ月だというのにすっかり世界を理解しているような賢いお子様と一緒に、楽しい午後を過ごす。

 こちらも、香川うどん巡礼で買っていた香川の「凱陣」と汲んできた宝喜の水、あとつけ合わせをいくつか持ち込み、粗相のないように備えたけれど、やっぱりグレンリベットの30年は美味しかったなぁ…。

 話の中で、本とかCDといったメディアの代替可能性、あるいはモノの固有性について考えさせらるところがあって、簡単にいえばCDというメディアは今後滅びるかどうか、という問題に帰結するような気もするのだが、複製のカルチュラル・スタディーズとともにもう少し突き詰めてみたい問題だと、午後の日差しの中でウトウトしながら考えていた。
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2007.10.21 | philosophy(テツガク) | トラックバック(0) | コメント(0) |

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